すれちがいたずら〜ビターチョコレート〜


「へえ、それで雪村はチョコ作ってるんだ」
「まね」
 髪をポニーテイルで束ねた少女が、ご飯を食べながら言った。
「もちろん、咲紀とゆかりの分も作るからね」
「ありがと」
「ありがとうね。かなちゃん!」
 この季節――というのは、二月の初旬、いや正確には二月の十日だ。
 まっ、別段これといった行事があるわけではないのだが、
「それにしても、この時期は空気が色めくわね」
 と言うことだ。
「それで、咲紀は誰かに渡す予定、おあり?」
「いや、全く」
 どうせ、もらえないだろうし。
 雪村は卵焼きを食べる。残念そうな顔をして、こちらを見る。いや、がっかりしたような顔か?
「うへー。つまんないなー」
 つまんなくて結構。
 雪村は、んじゃ今度は、とゆかりの方を見て同じような質問をする。
 ゆかりは両手を自分の頬に当て、ポッと頬を赤らめて、まるで恋する乙女のように言った。
「あたしは、どちらかっというと貰う側になりたいなー」
 雪村の目が点になる。
「へ?」
「あっ、だけど、渡す側でもいいかなー? 可愛い女の子を見つけて!」
 というわけだ。
 彼女――楯前ゆかりは、容姿端麗で結構学校中の男子から、絶大な人気があるのだが、片っ端から、断っている。
 別に、めぼしい男子がいないというわけではなく、ただ、純粋に、本当に純粋に、女子が好きなのだ。
 んで、わたしはそのショートカットのこの少女に恋をしているのだ。
 えっ? 女の子じゃないかって? 文句あるか。
「んで、ゆかり、いたの? そんなチョコ渡す女の子ってのは?」
 ゆかりはフルフルと頭を振る。その仕草が、かわゆい、何て言葉をごくんと飲み込む。
「いや、いないよ。やっぱりそう簡単には見つからないよ」
 一学期の時のあれもあるし、少しばかりトラウマになっているのだろう。
 それが、わたしにとって嬉しいのやら、悲しいのやら……。全く、恋というものはよくわからん。
「だけど、誰か(女子)から貰っちゃったりしたら、コロッといっちゃうかも」
 また、頬を染めてそう言う。
 あー畜生。
 かわいいなーもう!

「そう言えば、後数日でバレンタインだな」
 次の日、屋上にて、桐原がそう呟いた。
 桐原ってのは、夏休み前、ちょっとした事があり、知り合った友達だ。
 この桐原文香って女も、
「もちろん、あたしが、文ちゃんにチョコあげるよ!」
 となりでおっちょいしてた、島宮かれんが元気よく言った。
 まっ、このやりとりからも分かる通り、こいつらも女子が好きで、えーなんと言いますか、カップルです。
 もちろん、女同士です。
 って、んなのを認めて良いのか! 四樹神高校!
 いや、わたしもゆかりが好きなので言えないが。
 桐原は、島宮のあごをくいっと持ち上げる。なんというか、どっかの国の王子と姫みたいだな。
「私は楽しみにしているよ。かれん……」
 うはっ! 空気が甘っ!
 わたしはわざとらしく、咳払いをする。ここでようやく、んな恋人同士のやりとりっぽいのを終えた、二人がこちらを見る。
「それで宮倉君も渡すのかい?」
「誰に?」
 本当は予想はついているが、あえて聞いてみた。
 桐原は、そんなわたしの考えはお見通しなのか、にやりと笑う。
「誰にって……ゆかり君だ」
 はぐっ!
 やっぱりか。いや、予想はしていたけどさ……。
 わたしは苦笑いを浮かべる。
「無理無理。ゆかりはわたしに興味ないんだし」
「それはどうかな?」
 は?
 島宮が声を出す。
「いや、この時期は誰でも少なからずは甘い想いを抱いているから、もしかしたら、ゆかりちゃんもころっといくかもしれないよ」
 そう言えば、ゆかりが言っていたな。

『だけど、誰か(女子)から貰っちゃったりしたら、コロッといっちゃうかも』

「というわけだ。君も作ってみるといい」
「いや、だけどわたし料理はめっぽう苦手でさ」
 ゆで卵を、平気でレンジでチンしてしまうぐらいだし(あれって、レンジでチンすると、爆発するみたいだ)……。
 桐原は、あごに手をやる。
「なに、必要なのはおいしさじゃないさ」
「じゃあ、何?」
 それは――と、桐原が、あごに手をやっていた右手で、わたしを指す。
「それは、愛だ! 彼女を想う気持ちがあれば、多少届かない気持ちでも届くかもしれない!」
 ドキューン! と効果音が脳内に響いた。
 なっ、なるほど……。
「愛か」
「愛だ」
「愛よ」
 桐原・島宮カップルがそう言う。
「宮倉君、どこかの偉い先生が言っていた。
 諦めたらそこで試合は終了だと……」
「いっ、イエッサー……!」
 
「いよーし、こうなったら、チョコでもチェコでなんでもきやがれってんだ!」
 その日の晩。
 わたしははちまきをして、腕まくりをした。
 よし、料理本用意!
 調理開始!
 つまり、今からわたしがやろうとしているのは、ずばり、チョコ作りだ! もちろん手作りだ。
 いや、手作りと言っても、板チョコを溶かして、型にはめた――といった、ものなんだけど……。
 愛があれば大丈夫なのだ!
 よし、んじゃまずは、チョコを溶かして……。
 こうして、わたしの三日間に及ぶ、チョコ作りプロジェクトは始まったのであった。

「で、作ったチョコを試食して貰いたいと」
 バレンタインも前日と迫った本日。わたしはまたも屋上へ向かった。
 練習二日目にてようやく形になったチョコを桐原と、島宮に渡す。
「おねがいしゃーす!」
「ちなみに、私は雄○や味○並に厳しいぞ」
 桐原がチョコ一欠片を口に含む。
「!」
 彼女の目が大きく見開かれる。
 島宮の顔が衝撃を受けたような顔となる。
 も、もしかして……。
「にっ……」
 に?
「にーがーいーぞー!」
「うひゃあ、にがぁい」
 苦い?
 わたしも一欠片を口に含む。
 確かにチョコ特有の苦みが口いっぱいに広がっていくが、口からビームを出す程苦いか?
「んな、苦いチョコを君はゆかり君にあげようとしているのか」
「というか、これ苦すぎだよ〜。原料チョコ何?」
「えっと、チョコレート革命の99%」
 いっつも、チョコと言ったらこれしか食べないしなー。他にもチョコはあったけど、どれがいいのかしらないし……。
「苦すぎじゃー! てか、あれか、君はビターバレンタインが目的か!」
「いや、別にそういう意味はありませんが」
 思わず敬語となる。
 桐原がゼーゼーハーハーと息を切らしながら、しゃべる。島宮はあまりの苦さに口が開けないらしい。
「いっ、いいか? ゆかり君の好みは知らんが、こんな殺人的な苦さのチョコはダメだ。なんというか、ダメだ」
 はっ、はあ……。
 桐原はコホンと咳払いをする。
「とっ、とにかくだ。明日、わたすようのチョコは、甘めに作るんだ。いいか?」
「了解……であります」

 という訳で、
「買ってきた……」
 だーれもいないキッチンでわたしは呟く。
 とりあえず、スーパーで手作り用とかで、ワゴンセールしてたチョコを数個買ってきた。
 まあ、見た感じ苦くはなさそうだし……。
 作ってみるか。
 って、いかんいかん。そんな作業的になっては! そうだ。愛だ! ゆかりに渡すための心と想いがこもったチョコを作るのだ!
 そうだ! 究極のチョコレートを作るのだ!
 
「出来た!」
 一応、同じようなやつの劣化版と本番用の二つを作ってみた。
 よし……。
 わたしは劣化版の方のチョコを割り、口に含む。
 ごふっ!
 思わず吹いてしまった。
 あっ、甘っ!
 なんというか、激甘!
 んな甘くていいのか? いや、これくらいじゃないといけないのかもしれないな。
 うん……これでいくぜ!
 わたしは、きれーいに本番用の奴を飾り付けた。
 これでよしっ!
 わたしは、明日に備えて、今日は早く寝る事にした。

 翌日。
 全くもって、一睡も出来なかった。
 わたしは、学校に行く前にもう一度荷物を確認する。
 教科書。
 ノート。
 ペンケース。
 弁当。
 そして、チョコ!
 綺麗にラッピングされたそれは、多分これから一生作らないような、いや、作れないような代物だ。
 授業中はものすごく、そわそわだった。
 時々、隣のゆかりを見る。
 彼女もわたしの視線に気付いて、微笑む。
 その度にライフに800ポイントのダメージだ。ダメだ……可愛すぎる。おちつけ、おちつけ、おちついて、素数を数えるんだ。
 1、2、4、9、16……って後半は素数じゃない!
 まあ、ドキドキそわそわしてるのは、わたしだけではなく、クラスの大半の女子が、そうだった。
 中には、渡したものの、見事に撃沈し、粉砕玉砕大喝采となってしまい、傷心状態で授業を受けている者もちらほらと見えた。
 もしかしたら、わたしもそうなるかもしれない……。
 いやいや、諦めちゃダメだ。まだ、そうなったという訳じゃないのだ。
 とにかく、何が言いたいのかと言うと、わたしはずっとそわそわしており、授業なんてまともに聞けなかった。という事だ。
 
 そんなこんなで放課後である。
 この時間になると、わたしの緊張はピークに達しており、心臓は今にも破裂しそうなぐらいにドキドキしていた。
 今日は図書委員の仕事はないので、ゆかりと一緒に帰る事になる。
 とりあえず、わたしのシミュレーションでは、こうなっている。

 ・一緒に帰る
 ↓
 ・バレンタインの話をする
 ↓
 ・上手いぐあいに、ゆかりに誰かから貰ったのかをきく
 ↓
 ・そして、渡す!
 ↓
 ・そして、告白!
 ↓
 ・そして、大団円! おめでとう!

 よし、パーフェクトだぜ!
「ゆかりー、帰ろう」
 わたしは、なるべく冷静を装いながら、ゆかりを呼ぶ。ゆかりは、とことこと近づいてきて、ニッコリ微笑む。
「うん」
 あーもう、何回目になるかしらないけど、可愛いなー畜生!
 私たちは一緒に教室を出る。校門へ向かっている間に、ひーふーみー……五人ぐらいチョコを渡そうとしている女子を見つけた。
 多分彼女らも、わたしと同じ気持ちなのだろう。
 幸運を祈っている。
 校門を出て、歩道に出る。
「それにしても、今日は凄かったね」
 いきなり、ゆかりが話し始めたので、わたしはものすごく動揺してしまった。待て待て、落ち着くんだ。
「す、凄かったって何が?」
「えっ? 学校が」
「どういうこと?」
「ほら、バレンタインだからさ」
「あっ、なるほどね」
 いっ、いかん。セリフが棒読みになってしまっている。
 これじゃ、怪しがられる。
 とっ、とりあえず、次のステップに入ろう。
「それで、ゆかりは誰かにチョコとか渡したの?」
 ゆかりが驚いた顔をする。
「えっ? いや、今年は……」
 しゅんと顔を伏せる。
 そっか、渡せなかったのか……。
「仕方ないよ。また来年、頑張りな!」
「うん!」
 ぱぁあと花が開いたかのように、笑った。
 よしよし、今のところは計画通りだ。
 わたしの脳内に、黒ノートを持った青年が笑う。
 ここで、わたしがチョコを渡すんだ……!
 バックの中に手を入れて、
「えっと、ゆか」
「咲紀ちゃん。はい!」
 わたしが話す前に、ゆかりが鞄から一つのラッピングされた箱を渡した。
 へ?
 これって俗に言われる、ぶぁるぇんとぅあうぃんちょくぉお、って奴ですか?
 もしかして、ゆかり、わたしの気持ちに気付いていたの!?
 こ、これは、何という超展開。
 えっ、ええと、何と言えばいいんだ?
 わたしが四苦八苦して、言葉を探していると、
「ハッピーバレンタイン! 咲紀ちゃん。あっ、義理というか、友チョコって奴だからね!」
「えっ……」
 わたしはその言葉で、冷水をぶっかけられたような感じになった。頭が一瞬で冷める。ああ……そういうことね。
「あっ、ああーそういうことね! うん、うん」
 わたしは自分を納得させるためにそう言う。ゆかりは不思議そうな顔をしている。
「だよね。そうだよね!」
 はあ〜……。
 溜息が出そうだったが、脳内ではく事にする。
 やっぱり、わたしはそういう対象じゃないのかー……。
 思わず涙が出そうになったが、ぐっと堪える。
 そして、バックに入れっぱなしの手をゆっくりと抜きだした。
 結局、チョコは渡す事が出来なかった……。
 その晩、わたしはベッドに寝っ転がった。
 机の上には、ゆかりから貰ったチョコと、ゆかりに渡せなかったわたしのチョコがあった。
 最初は、気にしないようにーと想ったのだが……。
「えーい、我慢の限界じゃー!」
 わたしは、その二つを取ると、テーブルの上に置き、ゆかりのは丁寧に、自分が作ったのは、びりびりと破いた。
 ゆかりが渡したチョコは、綺麗なハート型で、「サキちゃんへ」と書かれている。
「……」
 試しに、一個かじってみた。
「……ありゃ?」
 苦いぞ。
 いや、なんというか――そう。わたしが最初に桐原達に食べて貰ったチョコみたいだ。ゆかりの奴、わたしの好み知っていたんだ……。
 確かに、苦めのチョコ。だけど、その中に仄かに甘さがあった。噛めば噛む程、甘さが出てくる。
 これは、ゆかりがくれた奴だからだろうか?
 続いて、今回渡せなかった、自分のチョコをかじる。ゆかり好み(と、いうか、桐原指令)の甘いチョコだ。
「……」
 苦い。
 なんだろう。味は甘ったるく、女子が好きそうな味だった。
 だけど、なんだか苦い。
 心がか? ああ、なるほど。これが苦いってやつか……。
 わたしは、両者を少しだけ食べると、また、ベッドにダイブした。
 そして、そのまま意識をフルスイングで投げ捨てた。

 かくして、わたしの最初で多分最後となるバレンタインは、ものごっつ苦い、ビターチョコレートとなりましたとさ。
 ふんだ。文句あるか。


                                  おわり







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